今や東京を超えるとも言われるこの巨大都市へ行ってきた。

  1. 驚き

1)     パジャマ姿

なんといっても一番の驚きは街中をパジャマで歩く人を何人も見かけたことだ。若い女性までがそうなのだから、どうやら彼らはおしゃれをしているのかもしれない。そういえば、私の子供のころもパジャマ姿の人が歩いていた。

2)     高層ビル

東方明珠塔は実にユニークな形をしているタワーだ。この近くには。88階建ての高層ビルを始めとした摩天楼でナイキの帽子をかぶった観光客であふれていた。中に、胸にバッチをした北朝鮮の団体客もいた。だがニューヨークや新宿の摩天楼と違うのは、すべてのビルが強烈な個性を持っていることだ。なぜ、こんなスタイルなのかと聞くと、情報通は「個性ある外観は高層ビルの建設の許可を受けるための一つの条件」になっているという。

  1. 食事

1)     上海蟹

私が行った11月はオスの蟹がシーズンだった。足にはタグがつけられていて、どこで採れたかが一目でわかる、トレサビリティである。つまり、由緒正しい上海ガニということだ。だが、日本円にして12,3千円もするにしては、味はいまいちだった。香港で食べた時も、シンガポールで食べた時も、東京で食べた時も、上海ガニに感激はなかった。むしろ蟹は富山の甲箱蟹のほうがずっとおいしい。

2)     料理

中国料理といえば広東料理か四川料理。すこし変わったところで湖南料理と客家料理だ。上海料理は有名な割には日本での人気はいまいちだ。だが、現地の人に教えてもらった「上海之家」という名の店で食べた上海料理はおいしかった。名物のジューシーな小籠包は絶品で、デパートで売っているシュウマイのような小籠包とは似て非なるものだった。しかも、びっくりするほどの安さ(紹興酒を飲んでひとり2000円以下)。現地の人で満員なのには、それなりの訳があることがよくわかった。

  1. 市内観光

私は見知らぬ街へ行くと、何はさておき歩くことにしている。上海の街は安全で、おもしろそうな場所がたくさんあるからウォーキングにはうってつけだ。アジアの国、例えばジャカルタやマニラではそうはいかない。町をあるくこと自体が危険なのだ。ただ、上海のドライバーの運転は乱暴で、横断歩道を歩いていても平気で突っ込んでくる。「安曇さん。青信号で渡るのは危険ですよ」と、現地の事情通が教えてくれた。赤信号のいい間違えかと思ったら、そうではないらしい。ヒヤヒヤものだった。

1)     フランス租界

第二次大戦前に作られたフランス人街だ。町全体にマロニエの木が植えられていて、東京でいえば広尾か中目黒といった感じの高級住宅街だ。街の雰囲気は同じくフランス人が造ったホーチミンシティに似ている。音楽学校があり、校門の前で違法コピーした音楽CD150元で売られていた。どうやら、このCDもインチキで買っても音が出ないという。

 

2)     田子坊

昔のフランス租界の端にある古くて狭い集合時有宅が並ぶ下町。おそらく貧民窟だった場所を、センス良くリニューアルされていて、いまや上海の観光スポットだ。こじんまりした洋服店、雑貨店、レストランなどが何件も軒を連ねていて、おしゃれな日本人や白人があたらこちらで食事をしていた。好意的に見れば、イタリアのベニス、クロアチアのドブロブニクに似ていなくもない。

 

3)     豫園

アヘンの臭いが漂ってきそうな異様な建物が立ち並ぶ商店街が豫園城で、その真ん中にあるのが明・清の時代に作られた豫園だ。この庭園に入るには30元必要だが、その価値は十分ある。中に薬草を売る店があり、私は痩せる薬と精力がつく薬を勧められてごっそりと買ってきた。勢いで買ったものの飲む気がおきず、いまでもしまったままだ。

 

  1. 乗り物

1)     リニアーモーターカー

乗車時間はたったの8分だった。動き始めて2分後には時速200キロを超え、最高時速はなんと431キロ。だがその猛烈な加速の故か、降りた後疲れが出た。

「安曇さん。リニアーモーターカーが発する磁力が、人体にどんな影響を与えるか考えたことってありますか」

帰国した次の日、技術系の仕事をしている友人は私にこう言った。ともあれ、すごいの一言に尽きるドイツ製の乗り物だった。

 

2)     上海汽船のライトバン

日帰りで杭州にある西湖に行ったときに乗ったのが、この中国の自動車メーカーが作るライトバンだった。シートは昔の映画館の椅子ようで、1時間もするとおしりが痛み出し、2時間で悲鳴を上げそうになった。おまけに、高速道路の一部は砂利道のようにガタガタ。痛さを我慢して外を見ていると、高速道路の出口を通り越したが車がパックしていた。車を止めて一休みしているドライバーもいた。アジアの国では珍しくない光景だ。

 

3)     地下鉄

この町を移動するには便利な交通網だ。しかも、新しくきれいだった。3年前イタリアのミラノの地下鉄で私を取り囲んだ目つきの悪い男女のようなグループは、この町にはいないように思えた。

 

この町には勢いがあった。町全体を建築現場が発する土埃が立ち込めていた。